賀茂大神様

賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)

この神は初代天皇である神武天皇が筑紫の日向の高千穂の宮で国を治めておられましたが、天下を統一し、平和な国を創るために東の国へ向かわれました。幾度の苦難を乗り越えられ、現在の和歌山より熊野山中に入られたとき、道が解らなくなられ、そこで眠ってしまわれました。そのとき夢の中に天照皇大神(伊勢神宮の神様)が出てこられ、「八咫烏(やたがらす)を使わすので、その烏の導きに習い進むと良いでしょう」と言われました。
その通り天皇が進まれ、苦難を乗り越えられ、無事に現在の奈良の橿原市のあたりで天下を統一されました。
この天皇を導かれた「八咫烏」とは賀茂建角身命の事であります。
この神さまは賀茂一族の守護神として京都の下鴨神社に祀られ、後に非常に高貴な神様として伊勢の神宮に次ぐ高貴な神様として全国の筆頭の神様となられました。
当社もこの辺りの親神様としてお祀りし、競馬の守護神として崇められております。
神武天皇を導かれたという事から当社では「導きの神様」として、良き方向へ導いて下さると信仰を受けています。
また、この辺り(放牧場)の神様として競馬関係・馬の愛好家の方々から信仰を受けています。
現在馬に変わる車の普及により、交通安全・導きの神様としても信仰を受けています。

賀茂玉依比賣命(かもたまよりひめのみこと)

賀茂建角身命の娘神に当たられる賀茂玉依比賣命は、ある日、石川の瀬見小川にて川遊びをなさっておられたとき、川上から赤い矢(丹塗矢)が流れてきて、比賣の陰部に突き刺さりました。比賣はこの矢を持ち帰り、寝床に差し置いていたところ不思議なことに比賣は妊娠され、ついには男神様(賀茂別雷命)をお産みになられました。比賣は非常に喜ばれましたが、この男神様のお父神が誰なのか解らなかったのですが、この男神さまは日叡の山におられる大山咋神(おほやまくいのかみ)であることがわかりました。しかしながら一説には火を司る火雷神(ほのいかづちのかみ)ともいわれております。
当社では本社祭神には火雷命をお祀りしております。境外に摂社として日吉神社(祭神大山咋神)をお祀りしております。
このことから当社はこの丹塗矢を子授け、縁結び、導きの矢、立身出世の矢として、古来より崇敬されております。

賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)

賀茂建角身命の孫神に当たり、賀茂玉依比賣命の御子神様になるこの神様は、生まれられてから祖父神賀茂建角身命、母神玉依比賣命のご自愛を受け、すくすくと成長され成人になられ、成人式の時、七日間この祝いを催されました。その折り建角身命は別雷命に「お前の父と思う方に酒を飲ませなさい。」と言うと別雷命は天に杯を向けて礼拝し、天に昇って行きました。ここでようやく日叡の山におられる大山咋神(おほやまくいのかみ)であることがわかりました。一説には火を司る火雷神(ほのいかづちのかみ)とも言われております。
この神は雷を司ることから、農業神、五穀豊穣、生業発展の神と称えられ、農事関係の方々を始め、電気関係のお仕事をされる方々より信仰いただいております。

火雷命(ほのいかづちのみこと)

賀茂別雷命は瀬見の小川で川遊びをしていた賀茂玉依比賣命が流れてきた丹塗矢を持ち帰り、寝床にさしておいたところ、孕(はら)みて、生まれてきた御子神であります。その丹塗矢は大山咋神、一説によると火雷神であります。

火雷命は「古事記」「日本書紀」によると「伊邪那岐命が黄泉の国を訪れ、その妃伊邪那美命に帰ってきて欲しいと乞うが、黄泉のみにくい姿となって、その体から『八の雷神』が生まれていた」。その「八の雷神」は大雷神・火雷神・黒雷神・土雷神・若雷神・伏雷神・鳴雷神・析雷神の八柱の神であります。その内の火雷神が当社祭神であります。

「八雷神」は通常火雷神と同一視されています。火雷神は鎮火や祈雨の神として崇敬されていますが、竜神の性格を併せ持ち、雨を降らせ水をコントロールさせる農業神の機能も持つと言われます。

近年は電気関係の方々や、雷の災いを除けたいと言うゴルファーや釣りをされる方々からも信仰を戴いています。

賀茂神社
〒523-0058
滋賀県近江八幡市加茂町1691番地
TEL.0748-33-0123
FAX.0748-36-3830
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